vol8の概要

 演劇を通じて知り合った美保。皮肉にも大学1年生の時に恋した相手と同じ音。しかし、今度の恋は、出会いから別れまでが1ヶ月という、彼の中では最短の恋だった。そして彼の中ではこの年の5月は、存在しなかったことになる。


第8話:失われた5月

 彼の弟子生活の主な活動は、他劇団の受付の手伝い・自劇団の雑用・受付、そして宣伝活動などであった。週末はほぼどこかの劇団の受付の手伝いに入り、受付の方法からお客さんの誘導方法まで、彼は経験を積み上げていた。そんな中、ゴールデンウィークに彼はある劇団の手伝いに入る。
 そこで、彼は一人の女性、美保と知り合う。一目で彼女を気に入った彼は、彼にしては珍しいと言うべきスピードで、美保にアプローチをかけた。
 雑用で買出しに二人で出かけた彼は、途中ではぐれてはいけないと美保の電話番号を聞きだし、その夜、さっそく電話をするのだった。
「こんなことを突然言うのはおかしいかもしれない・・・」
「でも、この思いをどうしても伝えたくて・・・」
「今付き合っている人がいなくて、私のことが嫌いじゃないなら・・・」
 後にも先にもこんな積極的な彼はいただろうか・・・という程、熱烈にアプローチし、強引に押し切った彼。もちろん、出会ってから数日だということで、お互いに何も知らないままに付き合うこととなる。
 それでも彼は幸せを感じていた。
 だがしかし、ここから急降下が始まる。
 彼の強引なアプローチによって付き合うこととなった二人だが、美保からいくつかの条件が出ていた。単純明快、キスやそれ以上の関係はしばらくお預けということ。しかしそれは彼にとって対した問題ではなかった。
 付き合ってすぐに、美保の誕生日が来た。彼はたまたま用事で、海の見える丘に来ていた。北の坂。そう、美穂とデートしたあの場所である。彼はそこで、世界で唯一つの香水を作る。そういう場所があるのだ。いくつかの匂いの中から相手をイメージし、選び、そして調合する。美保を思い、美保のために作った香水、それが誕生日プレゼントだった。それ以外にも、美保の好きなブランドの香水も購入していた。
 その両方を美保は喜んでくれた。まだ五月の中ごろ。この幸せが続けばよかったのに・・・。

 数日して、美保からとても重大な、彼にとってはとても大きな話を聞くことになる。
「今、肉体関係を禁止しているけど・・・私はしたくなったらその辺の人とするよ・・・」
 耳を疑った。何を言っているのか分からなかった。未だまだ純情といえる彼には衝撃的だった。
「それは・・・その時、オレを呼び出したらいいんじゃない?」
「そうかも知れないけど、やっちゃうかもしれない」
「そうか・・・でもそれはまだ先の話だし、そうならない可能性もあるわけで・・・」
 彼には将来の不安を理由に分かれるということは到底納得の行く事ではなかった。
「私はそういう女よ・・・以前学校で後輩の男の子と廊下で・・・」
 それを聞いて彼に何と言って欲しかったのだろうか。悩む以外に彼ができたことはあったのだろうか。それでも一晩考えて、彼は一つの決断を下した。
「どんな過去があったとしても、オレは今の美保を好きになった」
「色んな過去があって今の美保がいるわけだから、気にしない」
「将来どんな過ちが起こるかも知れないが、それはそれが起きた時に考えよう」
 その夜、彼は美保を抱きしめて寝た。

 五月も残りわずかとなった。
 彼は彼の先輩が主催する公演の手伝いに言った。公演自体は無事終了し、先輩たちとの打ち上げが始まった。彼は美保に電話をし、彼に恋人が出来たことを発表していいかと聞いた。美保は「いいよ」と快諾してくれた。
 彼の恋人できました宣言は、彼を可愛がっていた先輩たちから大いに歓迎され、祝福された。その夜、彼は初めて自分の惚気話をした。
 呑みすぎで昼過ぎまで寝ていただろうか。片付けて家に帰った時には夕方だった。
 彼の携帯が鳴った。
 美保からだった。
 昨日のことがあったので、彼は少し高い目のテンションで電話に出る。
「もしもし」
「・・・」
「やっぱり、いつか傷つけることになる・・・」
「分かれましょう」
 目の前が真っ暗とはこのことを言うのかと、彼は他人事に思った。なぜ。なぜ昨日の今日なんだ。なぜ先輩に報告した後なんだ。なぜ、なぜ、なぜ・・・
 悩んだところで答えなど知る由も無い。彼は大きなどす黒い塊に自分の体が押しつぶされる感触を初めて体験した。泣いた。泣いてもどうしようもないけど泣いた。
 この年の5月は、彼の中では存在しないことと決めた。

次回:vol9 大学3年生夏

コメント

513
ヴァルハート
2006年7月21日20:20

更新楽しみにしております。

こも
こも
2006年7月22日9:09

ヴァルさん、ありがとう。
何気にこんな一言ってすっげぇ嬉しいわけで・・・

513
ヴァルハート
2006年7月22日12:51

でしょうね、
ニヤリ

DARKFLARE
DARKFLARE
2006年7月23日12:13

更新、稀に楽しみにしていますw
う〜んおれってダークだなw

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