vol6の概要

 美穂への思いにけじめをつけ、歩とも別れ、彼は新しい一歩を踏み出すことになる。演劇部を辞めて、プロの劇団に出入りし、本格的に芝居をやっていこうとする。

第六話:トイレで誓う。

 冬、一年の集大成の芝居の時期。このころの彼は、学校へは友人に会い、芝居をするためだけに来ていた。歩が東京へ行ってしばらくはどうしていいか分からない思いでいっぱいだった。
 そんな中で彼の芝居に対する気持ちは膨れ上がる。それまで、異性の気を引くためと言うきわめて純粋な気持ちで芝居に接してきた彼が、いつのまにか、芝居そのものの魅力に取り付かれていたのだ。そんな矢先、彼はまたあの劇団の芝居を見ることになる。キャラメルボックス。この劇団は彼の芝居人生の節目に必ずといっていいほど出てくる。
『遊びでやっていたけど、一度本気でやってみたい・・・』
 いつからかそう思うようになった彼は、同じく本気で芝居の道に進もうと考えていた、友人、良太郎と冬の芝居を最後に演劇部をやめる決心をした。
 冬の芝居は無事に終わった。彼と良太郎は毎晩遅くまで語り合い、夢を見た。二人の決心は固く、そして揺るぐことは無かった。
 演劇部の先輩も、薄々は彼らの決断を気付いていた事だと思う。それでも彼らは彼らの口から部長に決意を述べたかった。
 公演最終日のあとは、片付け、そして打ち上げというのが相場だ。今回の打ち上げは焼肉屋だった。彼は決してお酒が強いわけではなかった。それでも呑まずにはいられなかった。
「おかわり!」
 何杯目の泡盛だっただろう・・・おかしい、ちっとも酔えない。そろそろ終盤。いつ切り出そう・・・。その時、彼は良太郎を呼び出した。トイレに。明らかに酔ってはいたのだろう。
「1次会が終わったら言おう。2次会がはじまったらバラバラになる・・・」
「俺たちは部を裏切るわけじゃないよな」
「演劇部にめぐりあえたから、本当に魅力的だから、上を目指したいと思ったんだ」
「頑張ろうな」
「みんなにあいつらすげーな、って思ってもらえるように・・・」
 小さな、どう考えても1人用のトイレで、大の男が二人、泣いた。トイレットペーパーで泣いた。声を殺して泣いた。
 店を出て、1次会をしめた直後、二人は部長の前に進み出た。単純に、そしてこれからのことも含めて、思いのたけを伝えた。
「そうか。がんばれよ!」
 先輩の言葉はとても短く単純で、二人の涙腺を緩めるには十分過ぎるほど暖かさがあった。
 泣く場面じゃないが声を出して泣いた。そして一気に酔いが回った。

次回:大学3年生春

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